農樹-育てて売る主食屋、農業梁山泊-

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商品紹介・通信販売

作り手紹介

農樹の作り手 中津隈俊久・一樹■中津隈俊久 (’64年生まれ、福岡県北九州市出身)通称・クマさん。

夢やロマンこそ男の一義とする土地柄で、玄海灘を遊び場にしながら育ったせいか、その目は大陸に…。
そして、俺が砂漠を緑に変えちゃるたい!と鳥取大学で農業土木を専攻。在学中1年間休学し、陸路シルクロード制覇・放浪の旅へ出る。
復学後、卒論をまとめると、東京の土木・建設コンサルタント会社に就職。開発途上国の農業・農村地域開発の仕事に携わるうち、日本農業への「想い」が高まり、1年がかりで妻を説得、’95年、30歳にして退社。
無謀にも、基盤は「ゼロ」のまま農業を始めてしまって、味わった生活苦。ふーら、ふらになりながら経営基盤の整備、充実を図り今日に至る。ああ、波瀾の人生、これ楽しからずや。妻は大変…、ありがとう。
戦友、そして同志と言える我が家族とともに、クマさん、まだまだやりまっせー。

 

■中津隈一樹 (’90年生まれ、神奈川県横浜市出身)農樹2代目。

横浜に生まれ育ち、父の転職と共に京都、綾部の地へ。

父の働く背中に憧れ農家を志すも、周囲に「農業」や、農民である父を馬鹿にされ、その想いは一度薄れる。

野球に没頭した高校時代、大怪我をした経験から、スポーツトレーナーになるべく、明治国際医療大学に入学。学業の傍ら、高額な学費の足しになればと始めた父の仕事を手伝ううち、「農樹」の魅力に改めて気付く。

「農樹」それは目標に向かい創意工夫を繰り返す仕事。厳しくも、楽しく、誇り高い仕事。

スポーツトレーナーと「農樹」、2つの道の前で迷い抜いた結果、大学を2年で中退。2011年春、二十歳、農樹2代目の道を歩み始める。

将来、多くの子供たちが「農樹」に憧れ「農家」を志す世界。その為に自分は「農樹」の名に相応しい「農家」になる。それが夢だ。

農樹のこだわり

ph scene taihi 150x150 商品紹介・通信販売ー自然のままー

籾殻堆肥や米糠、マグネシウム・カルシウム資材等で土を育て、多くの生き物が集う田んぼでお米を育てています。
ミミズやタニシ、カエルやドジョウが多いせいで、降り立つ鳥たちが苗を踏みつけてしまいますが、そこは我慢、我慢。

ー子育てのようにー

日々田んぼに通い、稲をさわり、根っこを探り、時には株ごと引っこ抜いて根の張り具合を確認して、田んぼに張る水量や、タイミングを見計らいます。田んぼの土室、水質、天候や稲の現在(いま)にアンテナを張りながら稲と向き合い、彼らが自然の恵みを存分に享受できるよう、手助けをすることが肝心。
新しきに走らず、身の回りの技術の意味を良く噛み砕いて、ここなりの栽培、作業体系を組み立てる…、それが私たちの技術であり、育て方です。

 

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