1月13日から18日までの6日間、JR京都伊勢丹様のお取り計らいのおかげで、地下2階のフーズマーケットの一角にて、我がお米のプロモーションに立た せていただくことができた。長いようで短かった6日間。炊飯器でご飯を炊き、その場で小さなおむすびを作る。それを差し出しながらお客様とのやり取り、そ して販売…。
代々続く農家でも無く、有名産地の農家でも無く、○○農法などと掲げているわけでもなんでも無い私が、百貨店という場において、ただのおむすびを手渡すとき、お客様へ投げかける言葉、第一声は、
「私が育てたお米です。」
これよりほか何があろうか?
実はこのプロモーションを前に、平然を装いながら内心、
「見向きもされなかったら…、鼻であしらわれたら…、うわー、どうしよう。」
と、小心者の私は心配し、極度の緊張を抑えに抑えて初日を迎えたわけだ。
お米の世界で京都府綾部市などは、産地として知名度皆無。おまけに私は非農家出身の農民16年生。伝統も深みもないないづくし。野球で言えば、マイナー リーグ以下。そのマイナーリーグの選手が、メジャーの舞台へとお呼びがかかった時、何ができる?そう、これまでやってきたことを信じて、開き直ってありの ままの自分を、
「えーい。煮るなり焼くなりしておくれー。」
と、玉砕覚悟でいくほか成すすべが無い。
そして、開店。
「私が育てたお米です。食べてみて…。」
と、おむすびを差し出す。
「…。どこのお米?」
「どこでもいいから、食べてみて。私が育てて、精米して、抱えて、持ってきたお米です。農家がデパートに直接販売に来たってわけ、です。」
「ほーっ。」
私の最初のひと言に、ハッと驚きの表情を浮かべられ、試食のおむすびを大切そうに食してくださる方々。そして、
「冷めても美味しいから、美味しいお米。」
「後口が良い。ほんのり甘みが残る。」
「もちもちして、香りも良い。」
「粒がしっかりしていて弾力がある。」
などなど…、嬉しいお言葉の数々。
また、こんな方も…。
「農家が伊勢丹さんのここに立ったのは、私の記憶では初めてです。貴方も立派、伊勢丹さんも立派だ。頑張ってくださいね。ひとついただきます。」
と、お買い上げ。そして合掌してくださったお坊さん。その後、二度ほど私の前を通りすぎる度、合掌。
「おむすび美味しいやん。このお米のおむすびなんやなあ。間違いないなー?これ。買うわー。」
と、大津から来られたという方。期間中、再度来られては、
「あんた、私のこと覚えてる?忘れたらあかんで。あんたの米買うたん、覚えてるやろなー。あんた、今度いつ来るん?」
と、東京からUターンしたのだと、随分話し込んで行かれたご婦人。
「京都人はなあ、あんちゃん、もの買うとこ決めてんねん。よー、覚えときやー。私はデパートは○○やねん。親の代からなー。あんた○○には出してないん? なんで出しはらへんの?でもまあ、あんた伊勢丹が正解やな。ここが一番や。活気が違う。そうや、あんたここに出したん、正解やで。ほな、ひとつ貰うわ なー。頑張りやー。」
と、一見貴婦人、話せば番長風の奥様。
さらには、こんな方も…。そのお方、一回目ご来店の時には、
「一人暮らしやから、近所のお米屋さんで少しずつ分けてもろてるんや。」
と、雑談だけ交わしたものの、再度ご来店。どうもしょっちゅう足を運んでられるらしい。2回目は、おむすびとお米の案内を手渡し、また雑談。そして、三回目…、
「あんた、美味しかったわ。昨日、もろたおむすび家に帰って食べてん。それから、あんたがくれたお米の案内読んだら、よかったわー。あんた、気に入ったわ。鳥取大学、頑張ってるやん。お米買うわ。娘にも送ってやるから、二つ頂戴。」
と、お買い上げ。
「次は、いつ来るの?来るときは連絡ちょうだい。必ず連絡せなあかんでー。私、応援するからな。」
と、葉書を出すよう、住所を言うから控えよ、と。この方、聞くところ、33歳でご主人を亡くされ、20数人のまかない下宿をなさってお子さんを育てたのだとか。昭和3年生まれとは思えない肝っ玉母ちゃん。
「私なー、正月には娘の肩揉みをしてあげたんや。」
と、笑い、通る人を捕まえて、
「このお米美味しいでー。」
ですと。
ありがたや、ありがたや。渡る世間は神ばかり。—続く—、