ツギオさん

テーマ:農民/くま語録

4月3日、息子はトラクターで田起し、俺は3回目の温湯消毒。
種まきは4月2日までに2回・1900枚ほど済ませ、目の前の苗床にはもう約1000枚の箱が並んでる。
「順調、順調。」
ぽかぽか陽気なので水仕事も苦にならない。

種もみ消毒にかかる手仕事は10分おき、椅子に腰かけタバコをふかしてると、ツギオさんが現れた。毎年この場で消毒か種まきをしているとやってくる年寄り がツギオさんで、冷える日や雨の日、風の強い日には決して現れることはないから、そろそろ来る頃かと思っていたら案の定やってきた。大半の農家は稲苗は作 らず、田植えに都合が良い日を決めて買って植えるため、販売する側はその日に合わせて育てることになる。我が家はそれを請け負っていて、ツギオさんはうち からすれば得意先にあたるわけだ。ツギオさんの子供たちは都会へ出て行き今は一人暮らし。毎年の農作業は、大阪へ嫁いだ娘さん夫婦が帰って来てやってくれ ている。
今年も現れたツギオさんは、もともと小さな体が一段と前傾してさらに小さく見える。はあ、はあと息しながら、
「えらいわいや、あかんわ、こんなんなったらあかんわ。」
とぶつぶつ言って、俺から声をかけられるのを待っている。今年もかわらずやってきて、切り出す言葉から次のふるまいからすべて例年通り、予想通りに展開されるから、面白がってニタニタするだけに徹して黙っている罪深き俺。人の良いこの爺さんは、
「いつやったかいなあ、いつやったかいなあ。」
と、俺に語っているとも独り言を言っているとも分からぬ素振りでうろうろ、うろうろ、これも毎年のこと。
「5月のみっか、やったかいな。」「…」「よっか、やったかいな。」「…」「いつか、やったかいな。」ずっと俺はニタニタ黙っている。
「たしか、みっか、よっか、いつか?」
ツギオさんの事情は分かっている。娘夫婦が田植えのために帰って来るその日に苗が無くてはならないから、確認のためにやってきているのは分かっている。し かし、毎年判で押したような振るまいとこれからのやり取りを期待して、ここでようやく笑いをこらえて口を開くわけなのだ。
「ツギオさん。みっかでも、よっかでも、いつかでもいつでも良いわいな。」
「そうかい。」
にこっと安堵の表情を浮かべる可愛いこの爺さんとの稲作シーズンはこれで開幕する。続く話しは決まって家族と自分の身体のこと、
「もう足がよぼよぼで、ほら見とくれ。足が進まんわ。」
と歩幅が小さい。そこで、
「ツギオさん、年なんぼになっちゃったん?」
と聞けば、耳は遠くも無いのにとぼけてやがる。よし、そう出たか、
「なんぼになったん?年や年、ツギオさん何歳になったん。」
とダメ押しすれば、ふふっと笑って、
「そんな恥ずかしいこと聞かんといてくれ。」
ですと…。参ったぜ、爺さんに年をたずねてこんな返しかあるとはね。こうなったら白状さようと再度訊けば、
「はちじゅうー、、、はち、やったかいな。」
「わはは、ツギオさん、やったかいなって、うわっ、やったかいなって。」
ええい、もう一丁。
「そうかー。ツギオさん、大きゅうなっちゃったなー。」
と言ってやったぜ。どうだ爺さん!
「ははっ、年だけは大きくしてもらえるわ。でも、もうあかんわいやー。わし、もう帰るわ。あんた、体に気ぃつけてきばっとくれよ。」
と、言ってようやく帰るツギオさんの自転車のハンドルにぶら下げた杖がぶーらぶら。
「そんなんぶら下げて大丈夫かいな、ツギオさん。」

プロフィール

くま語録

くま

京都北部・綾部市物部地区で米を育てつつ、「農樹」を育てる農民。通称:くま
中津隈俊久(なかつくま としひさ)
’64年生、福岡県北九州市出身。
自作自演プロジェクト「農民パラダイス計画」のリーダー。

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