出穂の時

テーマ:農民/くま語録

つい先日、年配の男の方から、こてこての九州弁で電話をいただいた。
「6月でしたかなー。伊勢丹でピンポン玉のごたん(のような)、おむすびば(を)いただきまして、その後お宅のお米をこーた(買った)もん(者)です。伊勢丹に親子でいらっしゃっとったが、貴方はお父さんの方ですか、息子さんの方ですか?」
この電話、6月末から8日間、息子と臨んだ京都伊勢丹での試食販売で、行き交う方々にピンポン玉のようなミニおむすびを差し上げつつ、会話を交わしたお方に違いない。
「ありがとうございます。私は親父の方です。」
と、答えると、奈良に居住というそのお方は佐賀県のご出身。私の先祖も佐賀から出たのだと申せば、ますます濃い九州弁が受話器の向こうから放たれる。
「貴方のお米はうまかですばい。お世辞じゃのーて、ほんに(本当に)飽きのこん、よか米ですばい(飽きない良い米です)。そげんなお米ば作るだけでも、 我々には分からん苦労もあるでっしょうに、都会のデパートに立って…、素晴らしかですなー。親子で堂々とされとったですなー。頑張ってこられた証です なー。」
「いや、いや、そんな褒めちぎらんとってくだ、さ、い…。」
「なーんの、褒めずにはおれまっせんばい。ところで、一緒におられたあの息子さんは、将来農業をされるとですか?」
「えっ、将来?も、なーんも、うちの息子は、現在進行形ですばい。今、もう農業ば、しとっとです(農業に取り組んでいます)。」
「…?、息子さん、農業ばしとっとって、どげなこつですか?(どういうことですか?)」
「どげなこつもなんも、うちの息子は大学に行きよった時から、私の米作りば手伝ってくれよったとですが、こん春から、俺は腹決めたー!って、あいつ、大学 ば、中退したとです。2年生をもって中退したとです。もう手伝いやなか、今や息子も正真正銘の農民ですたい。父と子ひとつの経営体になっとーとです。我が 家は…。」
数秒の後、
「あー、うれしか、ですばい、わたしは。こん(この)時代に貴方がたん(貴方がたのような)親子に出会えてうれしかですばい。今日は、ほんに(本当に)よ か日ですバイ。これから伊勢丹に行ってきますたいね。おたくのお米ば買いに行ってきますばい。あー、ほんによか日になりました。頑張ってくださいなー。こ の先、伊勢丹に行く楽しみが増えましたばい。大した応援もできまっせんが、お元気で頑張ってください。」
…、と。

時は前後して、7月上旬、伊勢丹浦和店でも我がお米の試食販売の機会に恵まれた。上々の売れ行きだったことより、何より嬉しかったのは、母校・東筑高校同窓生女子、Oさんが駆けつけてくれたこと。
東京から埼玉まで電車乗り継ぎ着てくれた、それだけで充分なのに、配送の注文に加えて、お買い上げ。そこへきて、
「これ、飲んで。」
と、さりげなく日本酒の差し入れを手渡されて、秘かに心のうちで、「うれしかー。うれしかー。」と、叫び、「うっ!」と、つまる私。
後日、お礼のメールを打てば、
「美味しくて価格もお手ごろ(これも大事)なので、機会があれば皆に薦めたいと思っています。お米は一生食べるもの、知り合いの思いのこもったものを頂けるのは私にとっても幸せです。
食、農は生きる基本の一つですから、そういうことに真正面から向かい合っている中津隈ファミリーはすばらしいなあと感心しているのです。」
と、返信いただき、またもや、
「うっ!」

私が、お米について常々思っていること。
○○農法なるものを謳わない。食味値などの数値を前面に押し出さない。産地を謳ってはますます意味が無い。自分のお米が1番などと思うよしもない。 2,000年を超える稲作文化の直近僅か17年、たかがその程度しかかかわってない人間が、「美味いやろう。」と、どや顔することは恥ずかしい。言い方を かえれば、農法や食味値、産地などを武器の如く振りかざして営業活動する人々と私は異人種なのだろう、と。
ひとたび商品として世の中に出すには、一定の品質を保つことは必要条件。しかし、それが売れるか否かにテクニックを駆使する器量は私には無く、無くて上 等、一向に構わないと思っている。何より大切なのは、手紙のやり取り、電話や対面時の会話などなど、アナログの部分を一番大事にしたいものだ。
我が「農樹」を決して一番と思っていただかなくて結構。私もそこを目指しているわけではなく、私たちと、食べていただく方、応援してくださる方、販売して くださる方…、様々な人と人との思いが重なり、喜びが相乗して、今年もピカピカ光る新米ができる。そんな営みを繰り返せることこそ、尊いと思う。

Oさんの来店やメールが、また九州弁のお電話が、私や息子の心を震わせ、今日も次の田んぼのお世話に向かわせるエネルギーとなっている。こんな人生、こんな日々へようこそと、「農ヲ志ス子」を引き入れてあげられるところへ来た「農樹」は、まさに出穂(しゅっすい)の時。

プロフィール

くま語録

くま

京都北部・綾部市物部地区で米を育てつつ、「農樹」を育てる農民。通称:くま
中津隈俊久(なかつくま としひさ)
’64年生、福岡県北九州市出身。
自作自演プロジェクト「農民パラダイス計画」のリーダー。

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