2007年 夏
水
昨今、気象庁は何かにつけて、観測史上始まって以来という。今年も、梅雨明けの遅さは記録的だそうだ。梅雨が長く、雨量が多かったおかげで、ため池の水は、オーバーフローするまでになっているが、その裏返しの、暑くて雨が少ない夏がやってくるかもしれないと思っていると、案の定、約ひと月、雨が降らない。夕立さえない、猛暑日の連続だ。
ため池には、十分に水があるから、渇水の心配はない。しかし、毎日早朝、池のノミを抜きに行き、順番に水を田んぼへ給水してまわるのも、相当な労働なのだ。雨さえ降れば、ひと息つけるものだが、灼熱のお日さんのもと、田んぼ一枚毎の水の回り具合を見て、次を見て、歩いて歩いて、また次の田んぼへと給水。首筋とTシャツの、袖から先は真っ黒に日に焼けし、もともと色白な体の、首から上と腕だけ真っ黒けのコントラストは見事なもので、温泉に行くのが、はなはだ恥ずかしい裸体に変身してしまった。
猛暑の中、体内へ供給する水分量も著しく伸びる。500ccのペットボトルをラッパ飲みしては、トラックの荷台へ、こんころこんとやっていると、生茶に爽健美茶、おーぃお茶に十六茶と、飲料水の展示会場さながらになる。
これに、草刈りという誰もが嫌う作業が絡んだならば、私とともに働いてくれている氏とともに、その日の作業の最後の1時間だけ、水分補給を我慢する。そして、吐く息をぜーぜーさせながら我が家まで帰って来て、開けたらプシュッと音がする琥珀色の液体を、自らへのご褒美にふるまってやることになっている。
「ぷはぁー、たまらんー」
「うぃっ」
フィールドにおける水分補給は、ノンアルコール飲料2000 cc、アルコール飲料1000 cc…、これが午前中に仕事をやめてしまう場合でのこと。生きとし生けるもの、水は命なのだ。いくら汗を噴出しているとは言え、半日で3000cc飲めば当然水っ腹、妻はビールっ腹と冷ややかに見る。
「まあ、よかよか」
自分に褒美を与える理由は他にもあるのだ。
忘れもしない、昨年4月1日、足首を骨折してしまい、今でこそ明かせる、あの時は、絶体絶命のピンチに立たされた。立ち止まるわけにいかない自分に、今でき得るベストを尽くそう…と、言い聞かせながら、種蒔き、手術、また種蒔き…、ギプスを着けたままトラクターで代掻き、そして、田植え。
夏は、リハビリを兼ねた草刈り。稲刈りは長雨で田んぼの土がゆるんで泥まみれ。思い出すのもおぞましい昨シーズン。
しかし、体が満足に動かせないと頭は良く働き、物事をよく考えることができるものだ。一昨年は1町歩、昨年は2町歩と、尻上りに田んぼが増えていく中で、作業体系や施肥体系、その他抱えていた経営上のジレンマや不安を洗いだし、考え、再構築してみる。結論が出なくても、ヒントが生まれ、それらを、今シーズンは片っ端から実行してみた。そうすると、今年はうまく作業が流れていき、余力がうまれるから、好転スパイラルは上へ上へと登って行く。余力が好結果を生み、いつにもまして、田んぼは輝いて、進化しているという実感がある。日照りも、叩きつける夕立も、どこ吹く風よとばかりに稲も私もここに立っている。神様は試練を乗り越えられる者にこそ試練を与えられるのだ!と夕陽を背に興に入り、今宵また自分に褒美を与える理由はここにある。
ピンチの裏側
夏の甲子園で佐賀県の公立・佐賀北高が優勝した。佐賀の公立高校が全国制覇したのだ。佐賀なのだ、公立校なのだ。たまらなく、心熱くなり、目元熱くなりながら、
「よかったのぉ」
「ほんと、よう頑張ったのぉ」
と、連日、朝、昼、晩ごとにテレビに映る佐賀北高の彼らを祝福していた。そしてその都度、我が家にいる高校球児の今と重ね合わせながらテレビに見入ってしまうと、目から涙が溢れる。知らぬ間に、妻が横にいることに気づいた時は、即座に頭を上に向け、
「よかった、よかった」
と、立ちあがって、顔を拭き拭きその場を去る、といった数日間のある日…。ひとり昼飯を食べていると、テレビで、「佐賀北」をやっていた。
「おう、やっとる、やっとる(むしゃ、むしゃ)」
キャスターが、
「…、…、…。佐賀北高・野球部の部室の前には、『ピンチの裏側』という詩が掲げてあるんです。…、…、…。ご紹介します。」
と、…。私は飯を、むしゃ、むしゃしながら見ていると…、その『ピンチの裏側』とやらという詩を読み始めた。
神様は決して
ピンチだけをお与えにならない
ピンチの裏側に必ず
ピンチと同じ大きさのチャンスを用意して下さっている
愚痴をこぼしたりヤケを起すと
チャンスを見つける目が曇り
ピンチを切り抜けるエネルギーさえ失せてしまう
ピンチはチャンス
どっしりかまえて
ピンチの裏側に用意されている
チャンスを見つけよう
「…うっ、うっ」
また涙がこぼれきた。さあて、そろそろ、13回目の稲刈りだ!
No rain, no rainbow.
Hope shines eternal.